2016/04/10

過去も未来も幻想

「神との対話 Vol.2」では、最初に「時間」について語られています。ところが、非常に難しい概念が語られていて、何か難しい哲学のような会話でごまかされているような感じがして、どうも理解できないものでした。
多分、理系の私でもそう感じたので、多くの人が理解できないのではないかと思います。
時間についての神との対話は、以下の様なものでした。
太線は神

――ところで、出発点に戻っていいですか。時について、教えてください。
 現在のほかに、時はない!前にも聞いたことがあるはずだ。だが、理解できなかったね。いまなら、理解できるだろう。この時をおいて、ほかに時はない。この瞬間をおいて、ほかに瞬間はない。「いま」、それがすべてだ。
それじゃ、「昨日」とか「明日」はどうなるのですか?
あなたがたの想像の産物だ。あなたの理性がつくり出したものだ。究極の現実には存在しない。かつて起こったことはすべて、いま起こっているし、将来起こることはすべて、いま起こっている。
理解できません。
 そうだろう。完全にはわからないだろう。だが、理解しはじめることはできる。いまは、わかりかけるだけでいい。だから……聞いていなさい。「時」は継続ではない。垂直ではなく、水平な相対性の要素だ。ただし、「左から右へ」というふうに考えないこと。ひとりの人間の誕生から死まで、線を描くように時が存在しているとか、時とは、宇宙のある時点からべつの時点までの線だとは考えないこと。「時」は「上がったり、下がったり」するものだよ!いまという永遠の瞬間を表す、はかりのようなものと考えればいいかな。
そのはかりの上に、紙の束がのっていると考えてごらん。それが時の要素だ。それぞれはばらばらだが、同時に存在している。全部の紙の束がはかりの上にある!未来にあるように、そして過去にあったように……。あるのは、ただひとつの時、この瞬間、いまという永遠の瞬間だ。すべてが、いまこの瞬間に起こり、わたしは栄光に輝いている。神の栄光を待つ必要はない。わたしはあなたがたをそんなふうに創った。なぜかって、待ってはいられないからだ!わたしはわたしであることが幸せだから、それをわたしの現実に出現させるのを待っていられなかった。だから、バーン、そら、出現した。いま、「そのすべて」がある!これには、はじまりもなければ、終わりもない。すべてであるもの、それはただ存在する。その存在のなかに、あなたが存在する。そして、あなたの最も偉大な秘密も存在する。あなたは意識のなかで、この存在のなかのどんな「時」にも、どんな「場所」にでも、移動することができる。
 時間のなかを旅行できるということですか?
過去も未来も幻想・・・とはどういうことだろう。機能、経験したあの出来事は、そして、20数年前、初めて社会人になったあの出来事は幻想だったのでしょうか?
ほんの1分前淹れた、目の前に有るこのコーヒーは、どこから湧いて出たのでしょう?

過去が想像の産物なんて、そんなバカな・・・

ところが、同じようなことをアインシュタインが相対性理論で説いています。
――「空間での動きは、時間を遅らせる」
相対性理論によると、宇宙において絶対の時間は存在せず、個々(運動している状態)によって固有時間を持っています。つまり、人(だけでなく物・素粒子)によって時間の長さが違うわけです。
早く運動する物質ほど、時間の進み方が遅くなり、同じ宇宙にいながら時間がずれていく・・・
実際に1971年、同じ時間を刻んだ原子時計(3000万年で1秒の誤差)を地上と、航空機に乗せ、地球を旋回した時に、航空機に搭載した原子時計が数千億分の1秒ほど遅れていた。
さて、先日、とある番組を見ていたら、この時間についてのアインシュタインの理論を解説していました。何気なく見ていたのですが、「あ、これは、神との対話で似たようなことが書かれていたな」と、夢中になってみてしまいました。
その番組では、このようなことを語っていました。

アインシュタインは、わたしたちが「過去」「現在」「未来」と考えているものは、幻想にすぎない――と言っています。
私たちは、時間を絶え間なく流れるものだと感じています。しかし、瞬間という断片の連続したものだと考えることも出来ます。
瞬間の出来事が次々と展開すると考えるのです。今の瞬間から、次の瞬間へと。

過去は過ぎさらず、未来もすでにあるんです。
過去・現在・未来は対等なんです。

空間に広がりがあることを私たちは知っています。同様に時間にも広がりがあります。過去も未来も全て存在しているのです。

そして、過去・現在・未来の区別は幻想にすぎないという言葉を残したのです。

わたしたちが実際に感じているのは、常に「今」という瞬間です。

ひとつの今をほかの今と区別する物理の法則はありません。主観で、今という瞬間を感じているだけです。

――わかりやすい例が、フィルム映画1コマ1コマで、それぞれのコマ1つ1つが同じものだと証明することは出来ません。映しだされた映像を見て、繋がっていると脳が感じているだけ、というわけです。
また、フィルム映画は、エンディングもすでに流れたオープニングも、常に用意されています。
我々の過去、現在、未来も、このようなイメージで想像してみれば、少しは(なんとなくですが)わかるかもしれません。

さて、実を言うと、私自身、時間についてはよくイメージ出来ていません。アインシュタインが相対性理論を発表した時、理解できたのは世界で3人しかいなかった。とか、実は相対性理論は、アインシュタインも理解できていなかった。という都市伝説があったほど、想像・イメージしにくい理論なので、私のような若輩者が100%理解なんぞ出来ないでしょう。

ただ、以前、神との対話を読んでいた時に、過去も現在も未来も、我々の想像の産物だ…というのはどういうことだろう・・・。と、悩みながら読んでいたわけですが、今になって、先ほどの番組というヒントとなって私に舞い降りてきたことが、こう、あ、こういうのが神からのメッセージなのかなぁ。と、再認識した出来事だったんです。
すごくタイムラグが有りましたけれどね。(笑)
思わず番組を一時停止して、テキスト化した「神との対話Vol.2」を探していったら、出てきたのが、先ほどの引用だったわけです。